文字Wは、歴史的な妥協の産物である。その形、名前、そして現在の多くの用法には、ラテン語、ゲルマン語派の言語、古英語、フランス語、さらに変遷してきた英語の発音が、それぞれどのように交わったかが刻まれている。その結果は、気まぐれな変則ではなく、重層的に形成された記述体系である。一つの記号が音を表すことも、古い綴りを保つことも、変化した母音を認識する手がかりとなることもある。

物語は、西ヨーロッパで帝国的な権威が分裂した後に始まる。ゲルマン系の支配者たちは、公式な文書では権威あるラテン語の使用を続けたが、ラテン語には、英語のwaterやwantの語頭で聞こえる子音を表す専用の文字がなかった。ラテン語では、文字Vがかつて持っていた/w/という音価から離れており、かつてその音を表していたギリシャ文字は姿を消していた。そのため、写本作者たちは、ゲルマン系の人名や語を記録する実用的な方法を必要としていた。

ダニー・ベイトの説明によれば、フランク王国の写本作者たちは、6世紀ごろから、/w/を表すためにUを2つ重ね始めた。中世の例には、UUandebertusやUUaldemarusのような形が含まれる。やがて、この2つの文字はつながった一つの単位として書かれるようになり、少なくとも11世紀までには、その組み合わせがWとして認識できるものになった。この経緯は、英語でこの文字をdouble Uと呼ぶ理由も説明している。UとVが別々のアルファベット文字として区別されるようになったのは、2つが融合した後のことだからである。フランス語でdouble véと呼ばれるのも、別の命名習慣を通じながら、同じ歴史を反映している。

つながれた2つのUとして書かれた、中世の文字Wの形
つながれた2つのUは、11世紀までにはWとして認識されるようになった。lithub.com

この中世の綴りは、2つのUが融合して、現在double Uと呼ばれる文字になった経緯を示している。

イングランドが抵抗なくこの重なり文字を採用したわけではなかった。古英語の書き手たちは、一つのUを用いることもあったが、Uが長く連続すると、読みづらくなる場合があった。彼らはまた、wynnと呼ばれるルーン文字Ƿも取り入れ、これはウェセックスの書記伝統で標準的な文字となり、現存する『ベーオウルフ』の写本にも現れる。wynnは、9世紀または10世紀のケント地方の短剣など、写本以外の物にも残った。この文字は、本質的に劣った解決策だったわけではない。フランス語とラテン語の書記習慣が引き続きWを好んだため、英語の綴りにもWへ合わせる圧力が働き、wynnは使われなくなったのである。

情報源記事でWの歴史について説明する部分のスクリーンショット
情報源の抜粋には、Wの歴史的な発展を再構築するために用いられた証拠が残されている。lithub.com

このスクリーンショットは、中世に競合していた複数の綴りと、ルーン文字のwynnについての説明に添えられている。

Wが英語へ戻ると、その役割は拡大した。音変化を通じてWを持つようになった語もある。古英語のfugolはfowlになり、古英語のsaguに関係する形の 子音は、sawの語末音へ発展した。つまり、Wは単に子音 を表すだけではない。town、cow、owlでは、母音大推移の間に 変化した母音 を示す手助けをしている。英語ではまた、語末または音節末ではOW、それ以外の場所ではOUを好むという、柔軟な傾向が発達したが、brownやcrownのような例外が示す通り、このパターンが厳格な規則になることはなかった。

この歴史は、英語の綴りがなぜ、一貫した一つの符号体系ではなく、いくつかの競合する体系を保存しているように見えるのかという、読者にとって身近な疑問を説明してくれる。書かれた文字は、古い発音を反映している場合もあれば、視覚的な混乱を避けようとした写本作者の工夫、または関連する語を区別するための後代の習慣を反映している場合もある。flowerとflourは、同じ起源を共有しながらも、任意だった綴りの違いが有用な意味の対比へ発展し得る例である。したがって、現代の綴りは、一部分は発音に、一部分は歴史に、また一部分は慣習に基づいている。あらゆる場所に一つの音と文字の対応規則を当てはめて、読み解くことはできない。

Wは、wasとhas、wandとhand、warmとarmが、なぜそれぞれ互い と韻を踏まないのかも説明してくれる。子音/w/は、丸めた唇と舌の奥を使って発音される。英語の多くの地域変種では、この音が直後の母音を丸めた音へ変化させるか、後ろへ引くように変化させている。これは、情報源が説明する歴史的経緯に関する主張であり、すべてのアクセントに当てはまる普遍的な説明ではない。北米で起きた母音の統合や、その他の地域的な発展によって、個々の母音は変化し得る。一方で、Wを含む多くの語と、それを伴わない対応語の間にある基本的な対照は、今も耳で聞き取ることができる。

この変化は gradual ではなかったのではなく、段階的 に進んだ。情報源は、Wによる母音の丸めが15世紀に始まり、当初はwasのような頻繁に使われる語や、強勢を受けない語に限られていた可能性があると論じている。ジェフリー・チョーサーとウィリアム・シェイクスピアに帰せられる詩に残る韻は、影響を受けた語の発音が、彼らの時代の話し方においてさえ、まだ一様ではなかったことを示唆している。シェイクスピアはwasとglassを、warmedとdisarmedを、それぞれ韻を踏ませた。ジョージ・ゴードン・バイロンの19世紀初頭の韻も、もう一つの歴史的な手がかりである。これらの例は、すべての話者が同じ発音をしていたと証明するものではない。しかし、綴りが、現代の耳にはもはや聞こえない関係性を保存することがある理由を示している。

この記事の根拠は、主に、写本の綴り、名前の挙がっている歴史的な語形、文学作品の韻を再構築した分析である。それは、Wがどのように英語へ入り、英語の中で変化したのかについて、筋道の通った説明を支えている。しかし、すべての英語話者について、単一の途切れることのない発音の歴史を証明するものではない。この限界は重要である。そこから得られる有用な教訓は、英語の綴りが無意味だというものではなく、その不規則性の多くが、言語接触と変化の異なる段階を記録しているということである。Wが奇妙なのは、矛盾するように設計されたからではなく、いくつもの歴史を同時に担っているからである。